どのようなお子さんでしたか? 3歳のころから色に興味を持っていました。祖父が絵を描くのが好きで、家族も皆、絵を描いていました。その影響だと思います。祖父の家にはたくさん絵の具があって、それを混ぜ合わせるのが子供心にとても楽しかったのを覚えています。 祖父は明治時代生まれ。自宅に日本庭園や居間にシャンデリアを構えるなど、当時としてはお洒落な人物で、部屋には暖炉もありました。今、思 ... 続きを読む »
タイで防災デザイン展を開催!「地震イツモノート」寄藤文平氏単独インタビュー
防災ブログラム「地震ITSUMO」とは何ですか? 1997年に発生した阪神大震災から間もなく10年が経とうしていた時のことでした。知り合いのNPO法人プラス・アーツのメンバーから「震災の記憶を風化させたくない」と相談を受けたのがきっかけでした。 でも、すでに震災後、10年が経過しており、あの地震は何だったのかという検証面での整理はある程度ついていました。また、改めて当時の生々し ... 続きを読む »
意外に楽しい子育て。仕事との両立に挑む内田美和さん
「タイで子育てができてよかった」 「おばちゃん、ちょっと買い物行くから子供を頼むわね」 「あいよ、行っておいで。さあ、鳩(はと)ちゃん、こっちへおいで…」 バンコク北部の住宅街で一人息子の鳩君(2歳)と暮らす内田美和さんは、今日も近所のおばさんの家に息子を預け買い物に出る。「いつでも連れて来なさい」。子どもが生まれた時からそう言われていたが、初めのうちは遠慮することも少なくなか ... 続きを読む »
タイ進出を目指す中小企業支援コーディネーター、千田多美重さん
誇れるニッポンの技術 「海外でも通用するような高い技術力を持った会社が、やる気のある技術者が、日本にはまだまだたくさんいるのに、何から始めていいのか分からないだけで、せっかくのチャンスを失っている。とても、もったいないことです」 そう語るのは、主に日本の中小企業を相手にコーディネート業務を展開する千田多美重さん(最上部写真右)。「ピンポイントアジアコンサルティングジャパン」の代 ... 続きを読む »
Human Story バンコク人間模様 001 「出会い」タイで見つけた相棒
波乱万丈。その四字熟語がこれほど似合う男も珍しい。佐藤貴哉(さとう・たかや)。バンコクでお好み焼き店ほか飲食店を複数経営する31歳。26歳の時に単身海を渡った。南国タイで成功を夢見ながら数々の挫折を繰り返し、ついに「相棒」を見つけた若き男の半生を描く。(敬称略) 基地の街で育った少年 北海道の東部、牡蠣で有名な厚岸町で生まれた。育ったのは北海道の玄関口・新千歳空港に近い恵庭市。 ... 続きを読む »
人材紹介会社でマネージャーを務める元バレエダンサー、保戸塚紗依さん
タイの鼓動、タイ人の暖かさを感じる バンコクに本社を置く日系企業向け人材紹介会社「PRTR Japanese」でマネージャーを務める保戸塚紗依さんは、約10人いるタイ人スタッフのまとめ役。多忙な時間を過ごしながらも、いつも笑顔を忘れない。 バンコクを訪れたのは2年前の8月。当初は、パートナーの転勤に伴っての転居だった。ところが、「家でじっとしているのは向かない」という保戸塚さん ... 続きを読む »
クオリティ高いサービスを目指すホテルのフロント係、小林悠さん
お客様のコモンセンスに合わせたサービスを! バンコクのトンロー地区にあるレジデンス型高級ホテル「パンパシフィック・サービス・スイート」に勤めるフロント係の小林悠さんは、多種多様な顧客の求めに応じたきめ細かいサービスを目指している。 欧米、アジア、中東…。国も出身も違う顧客一人一人の「コモンセンス」にいかに合わすことができるかが、ホテルマンとしての技量と信じている。顧客が何を求め ... 続きを読む »
福岡県バンコク事務所 初代事務所長 諸富博氏独占インタビュー
タイにはいつ赴任されたのですか? 福岡県のバンコク事務所が2010年に新設されるに伴い、初代事務所長として赴任しました。県ではすでに香港、上海、フランクフルト、サンフランシスコに事務所を設置していて、バンコクが5ヶ所目でした。 海外事務所での勤務希望は2006年ごろまで出していましたが、話はなかったのであきらめていました。ところが、ある時、上司から呼ばれて「バンコクに行ってみな ... 続きを読む »
タイ人高校生とfacebookで交流を続ける日本語教師、大村悦子さん
「教え子」たちと10数年ぶりの再会! タイ東北部、カンボジア国境の街スリン県スリン市にある公立シリントン学校(中高一貫)で日本語を教える大村悦子さんは、最近、相次いでかつての「教え子」との再会を果たした。 一人は同じシリントン学校に赴任してきた同僚教師、もう一人は東隣シーサケット県のやはり公立学校教師。大村さんが1998年から2年間勤務したスリンドラ・ラチャパット大学(スリン県 ... 続きを読む »
元泰国三菱商事社長、元盤谷日本人商工会議所会頭 有川武俊氏単独インタビュー
タイとの関わりはいつからですか? 1969年に大学を卒業し三菱商事に入社しました。英語はあまり得意ではなかったのですが、商社に入った以上、海外に行ってみないかということになり、71年に社内の語学研修生としてタイに赴任しました。 当時は世界に32カ所ぐらい語学研修制度の渡航先があり、人気だったのはフランスやスペイン。その当時、中国はまだ皆さんの頭にはありませんでした。タイも同じ。 ... 続きを読む »
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