リピーター客多いリゾートホテルでフロントに立つ小田中紀子さん

「紀子さん、元気だったかね?」

「私には、バンコクのお父さん、お母さんがたくさんいます。私が勝手に思っているだけかもしれませんけども!」

そう言って微笑むのは、タイのリゾートホテル「シャングリラホテル・バンコク」でフロント業務を担当する小田中紀子さん。フロント担当の唯一の日本人従業員。予約から案内まで日本語に関する仕事を一手に担う。

「日本語担当」ではあるが、接客は日本人だけに限られない。欧米、アジア、中東などからリピーター客が多いことで知られる同ホテル。年齢層も比較的高めで、50歳代、60歳代の夫婦連れも珍しくない。小田中さんを指名して訪れる常連客も増えた。

「やあ、紀子さん、元気だったかね?」。「この間の風邪は治ったかしら?」。そう言ってリピーター客が姿を見せた時、表現できないような安堵感に駆られる。「愛されるホテルマンでありたい」と決意も新たになる。

初めて「泣いた」あの時…

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4年半が過ぎた今、これまでの歩みをゆっくりと振り返ることができるようになった。だが、初めのころは言葉の壁もあり、緊張の連続だった。「一度だけ、泣いたことがありました」

勤務1年目が終わろうとしていた2008年の暮れ。ある日本人客の応対に出た小田中さん。クリスマスや大晦日など特別な日に提供されるガラディナー(Gala Dinner)の予約を受け付けた際、飲み物は別料金であることをうっかり伝え忘れてしまった。

翌朝、伝票を見た利用客から「聞いていない」と激しい苦情。その瞬間、「溜まっていたものが一気に流れ出た感じでした」と涙が止まらなくなった。こんなに、こんなに一生懸命に頑張っているのに…。

無理に無理を重ねて仕事をすることが、結局はお客様へのご迷惑になることが分かりました。ホテルマンである以上、まず自分をコントロールできなくてはならない。その場その場の、瞬時の的確な判断が求められるということを学びました」

勉強になった日本での「修行時代」

信州・小諸の出身。大学時代からホテルマンの夢を追い続け、2002年、卒業と同時に横浜港に臨むリゾートホテルに就職。レストランを担当する「料飲部」の所属となった。朝から夜まで働き、月間の残業時間は100時間以上にも。男性従業員と変わらぬ力仕事も日常だった。

満4年が経過した時、「違った世界が見たくなった」。いったん郷里に帰り、ほど近い軽井沢の滞在型高級リゾート施設に再就職した。「いわば旅館の仲居さんとしての仕事。外国人のお客様が長期滞在するようなところで、外国の文化や言葉をここで学びました」

お客様の身近なところでおもてなしがしたい――。そのために何ができるかを仲間とともに考え続けた1年半でもあった。外国人客には珍しい露天での買い物や、満天の星空の観察、ヨガ体験…。アイデアをまとめては上司に提言を繰り返した。「その体験がタイでも生きている」と話す。

来春、結婚へ。両親が初めての来タイ

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フロントもレストランもどちらも好き。ゆくゆくは、両方を兼ね備えた仕事もしてみたい」と話す小田中さん。当面はバンコクで、さらなる経験を積みたいと考えている。

結婚が決まり、来春には初めて両親が長野から訪れる。「実は私のタイ行きを最後まで反対したのが父と母でした」。今ではそれも良い思い出に変わった。両親には、自分の大好きな職場と仲間たちを見てもらうつもりだ。

タイ人の同僚には紀子の名から「ノー」と慕われ、年下の新人従業員たちからは「ピー・ノー(紀子お姉ちゃん)」と愛される小田中さん。日タイの文化・習慣を乗り越えた心のこもったサービスの提供を目指している。

タイで在留届を提出済の日本人は最新の2012年統計で約5万人。企業などの駐在員や永住者、その家族などが多くを占め、滞在する男性の多くが仕事を持って暮らしている。女性についてはビザの関係から就労が難しいと一般的に理解されているが、実は「働く」女性は決して少なくない。新企画「タイで働く女性たち」では、タイで仕事やボランティア活動などに就き、活躍する女性たちを追う。

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