インターネット事業で急成長著しい「楽天」。人気企業の常連で、社内英語化を進めるなど話題性も豊富。2007年に台湾、2009年にはタイに進出し、このところ一段と国際色も強めている。
そのタイでは、地元インターネットモールサイト「TARAD」の経営に参加(出資比率67%)、3年弱の間に市場の5割近くを占めるまでに至った。「TARADドットコム(楽天タイランド)」の社長を務める松尾俊哉氏に、タイでの取り組み、タイのEコマース事情などについて語ってもらった。
タイに進出されたその狙いは?
楽天本社は2008年から台湾の地場資本と組んで台湾でのEコマース事業に取り組んできました。台湾が選ばれたのは、日本との親和性もあり、ITインフラが整っているという判断から。
Yahoo!台湾という圧倒的な巨人がいましたが、それでも一定の成果を得たことで、次はどこかとなった時に、次はアセアンだろうと。その中でも比較的、通信インフラが整っているタイということになりました。
タイにおけるEコマース事業は黎明期。大きなプレーヤーもなく、今後インフラが整う可能性も高い。コストかけずに競合もいない。台湾の経験を踏まえて意義あるという判断からです。
タイに進出してみて日本との違いなど、どのようなことに気づきましたか?
進出した2009年ころ、TARADでもインターネットを使ったモール事業は展開していました。ただ、日本の楽天市場などとは異なり、99.9%はクレジットカード使わない。TARADがインターネット上にモールを用意、出店を希望する人に出店までのノウハウを収録したCDやDVDを売っているに過ぎませんでした。
これで簡単にモールにお店が出来ますよ、売ります買いますの情報の場を提供しますよ、というところに止まっていました。
利用者はweb上の商品を見て店舗に電話し、「商品を見たのだが、いくら?」という具合に個別に交渉し、あるいは値引き交渉して、お金を店側の銀行口座に振り込む。とてもオンラインビジネスとは言えない状況でした。
それをどのように変えていったのですか?
オンライン決済が浸透しない一番の問題は、インターネット上でクレジットカード情報のやりとりをすることへの抵抗感でした。でも、振り返ってみますと日本でも2000年前後は同様でした。そのころ、私もクレジットカードでネットで買い物していたかと言えば、していなかった。インターネット、イコールなんとなくアヤシイという思いがありました。
そこで我々がTARADに加えて行ったことは、信頼性の向上。例えば、まがい物は売っていない、きちっとした会社が運営している、ということは選ばれた会社がモールに入って営業しているということを理解してもらうことでした。
問題があればTARADが上限5万バーツまで保障するというサービスを開始したり、Web上で繰り返し安全性を告知もしました。おかげさまで今ではクレジットカードの利用が最も多く、全体の45%を占めています。
タイのクレジットカード事情はどうですか?
タイ国内で発行されているクレジットカードは現在約1500万枚、クレジットカード人口は700~800万人と言われています。カードを持てるのは月収1万5000バーツ(約3万9000円)以上の人。タイでは4月から最低賃金が引き上げられたこともあって今後、カード人口は急速に増えていくと思われます。
そもそも、カード持っているタイの人たちは、気軽にコンビニでもどこでも使う。日本と違って抵抗感は薄いようです。一方で、日本はキャッシュの文化。百貨店でクレジットカードは使うがスーパーでは使わない。1万円以上なら使うという感じです。
ところが、タイでは誰もがどこでも気軽に使う。ですから、安心・安全を打ち出せばネット上でも使っていただけると考えています。そのために啓蒙活動をしたり、銀行やカード会社とプロモーションも実施しています。
手数料0キャンペーン、分割払いキャンペーン、カードご利用で海外旅行が当たるといった具合に。とにかく、安心・安全を知っていただくことが大事です。
モールサイトはどの程度まで改善が進みましたか?
「プレミアムモール」という名前で楽天型の事業を始めました。スタートしたときは35店舗だったのが、今年6月末で2000店舗弱。着実に増えています。
既存の出店者に対しても新しいサービスへの移行を勧め、多くの出店者から理解が得られたと思っています。出店者側としては、それまでネットで販売しても売れるやり方がわからなかった。
サポートしてくれたら、なおかつTARADが保障してくれるならウエルカムという声が圧倒的でした。(売上に課される)課金制も抵抗がありませんでした。最終的には10万店舗を目標にしています。
モールの利用者の意識は変わってきましたか?
出店者側の意識も買う方の意識も、この1年でだいぶ変わってきました。以前はまがい物でも安ければいいという考えもありましたが、今ではノンブランドでもいいから、良い品質のものをリーズナブルな価格で買いたいという客層が増えました。
一番売れているのはレディスファッション。出店者はブランドものだけを売っているわけではなく、自分で探してきたオリジナルなものをむしろ売っている。顧客もブランドだけに惹かれて買っているわけではない。出店者側、ユーザー側もそうしたことが普通に当たり前になっています。
おかげさまで、金額、流通量とも前年比で毎月二桁近い伸びを記録しています。まさに倍々ゲーム。2010年から2011年にかけて全体の流通金額は25倍。まだ伸びると思われます。我々としては市場の4割から5割のポジショニングは抑えたのではないかと思っています。
モバイル化について。
タイに進出した当時、インターネットモールへのアクセスはPCからがほぼ100%でした。ところが現在は、モバイルからのトラフィックが全体の15%程度に拡大しています。日本と比べて変化が早い。タイのユーザーの流れが速くて、我々のほうが置いて行かれてしまう感じです。
タイのユーザーは、通信速度が遅いなどのインターネット事情を乗り越えてきている。インフラ整備は時間の問題。そうなった時、爆発的に急速に伸びると思われます。今後の国としての重要なインターネット産業が大きく伸びないと他の国に置いて行かれてしまいます。タイ政府も対策に乗り出すでしょう。当社でも、モール全体のモバイル対応を進める予定で、すでに今月スマートフォン対応Ver3をリリースしています。
SNSの拡大がタイのEコマース事業に与える影響について、どう思われますか?
SNSは世界的な流れ。この大きな流れにEコマース事業者も飲み込まれていく。あの人が買ったから私も買うということが普通に起こっています。極端に言えば、楽天というEコマースさえも要らない、ということにもなりかねません。
そういう方向に進んでいます。我々自身も変わっていかなければなりません。
タイはソーシャルのつながりが強い国。同じ趣味を持った人、同じ環境の人が集まりやすいという土壌があります。もともとコミュニティーという意識が強い人たちです。「あの人がいいと言っている」という情報をとても信頼します。
ただ、SNSも変わっていくと思います。Facebookが続くとも限りません。ですから、SNSの個々に対応していかなければなりません。全部に対応していかないと。楽天本社がアメリカの画像共有サイト「Pinterest」に出資したのも自然な流れです。
Eコマース市場はどう変わっていくと思いますか?
人々の消費行動に影響力のある「インフルエンサー」と呼ばれる人たちの力が強くなっていくでしょう。そうした人と共存できるようにしたいと考えています。
つまりは、商品の良さをどうやってプロモートしていくかということです。この商品は、こう縫製がいいとか、こういうヒストリーがありますとか、正しく伝えることが大事。チェンマイの村でこんな特産品があるとか、そういう情報にユーザーはビビット感を抱きます。
かつてはメーカー側のプロダクトアウト的なものがありました。ドーンと大量生産して、さあ買ってくださいという感じの。でも今は、そのような時代ではありません。モノ作りの最初の工程にプロモートがあると言ってもいいでしょう。
消費者側が自由にリーズナブルなものが選べるという時代が来ると思っています。また、それがソーシャルのつながりが強いというタイのマーケットに合うとも思われます。
どこのお店に行っても似たような商品という現実に、ユーザーの不満は高まっていると考えています。人と違うことをしたい、表現したいけど、売っているところない、買えるところがないという不満に応えたいと思っています。
タイ市場でライバルの出現はありましたか?
いくつかのEコマースの事業者が出てきました。グルーポンも出てきたし。デパートもEコマース事業に参入してきました。でも、全体のマーケットとしてはまだまだ小さい。だから、共存しながらマーケットを大きくすることが、今の優先すべき課題ではないかと思っています。
あまり競合他社であるとか、ライバルだなどと意識しないようにと、スタッフには言い聞かせています。今はマーケットを拡大することが大切です。
物流面での課題はありますか?
現在、タイ国内で全国をカバーできるロジスティック会社は、国営郵便であるタイポスト1社のみ。物流業界もタイのユーザーも、品物届けばいいんだという意識がまだまだ強いのが実情です。
日本のように綺麗な容器に入れて、中にサンクスレターも入って、リボンも付けてというスタイルが、そもそもこの国には価値として存在していませんでした。
我々がTARADに加わってまずしたことは、日本ではこうですよと説明をし、「あなたなら、どちらが受け取って嬉しいですか」と尋ねることでした。そのへんにある使い古しの段ボールに無造作に商品が入れられ、ガムテープぐるぐる巻きで届く。中には新聞紙で無造作にくるまれた商品と思われるモノだけ。これ、本当に自分に届いたものなのかさえ分からない状況。
一方で、日本でのパッケージ例を写真で見せて、「ありがとう」というサンクスレター入っていて、時にはオマケもあったりしたら、どちらの店舗でもう一度買い物をしたいと思いますかと尋ねました。
そこまで言うとホスピタリティーが高いタイの人たちは分かってくれます。でも、そもそも価値として存在していなかったサービス。こういった点を引き続き指導・教育しています。価値はビジネスになるという発想。
差がどこにあるかを見つけて、差分をいただくのが私たちのビジネス。タイはここまで発達していますが、まだまだそういう点が不十分だと思います。
懸案はありますか?
Eコマース事業の3大要因として、ITインフラ、決済、物流の3つが挙げられます。それぞれに、課題や懸案はあります。
例えば、先ほども話したようなインターネット決済に対する不安。未だにユーザーの2割の人は銀行振込やコンビニなどのカウンターサービスを利用します。
銀行振込でも機動性があればいいのですが、タイの場合、入金があっても誰から振り込まれたか分からない、振込人のデータが受取人に届かない仕組みになっていまから、振込人が振込票をFAX送信して突き合わせをしないといけません。
ただ、データとしては当然あるわけですから、そこを改善していけばいいとは思うものの、なかなか広まらない。国際取引が当たり前の中で、ほかの企業や産業でも相当苦労しているところあると思います。国として仕組みが出来てくればと思います。
ITインフラの進捗は最も気がかりですね。ここ数年のうちに大きく改善するとは思いますが、地方に行くと「ブロードバンド」とは言うもののADSLであってもスピードはまだまだ遅い。でも、考えてみますと、日本も2001年のころはADSLが主流でした。
楽天の創成期のメンバーも、お客さんのところを訪ね、ケーブルの接続から教えたと話しています。タイは今、10年前の日本です。
むしろ、タイではモバイル利用によるEコマースが圧倒的なスピードで進むと思います。Eコマース事業は、日本では楽天市場の3割がモバイルからですが、タイでは早晩半々まで伸びる可能性があると思っています。
3大要因とは異なりますが、タイは今、経済成長著しく、失業率は1%切るほどの好景気。TARADでは優秀な人材の中途採用を進めていますが、転職、引き抜きは日常茶飯事で、なかなか人材が集まらないのが悩みのタネ。
タイではまだ、人材(スキル)と給与が不釣り合いの状況にあり、こういった労働市場も成熟していくものと思われます。
TARAD Dot Com Co., Ltd. CEO松尾俊哉氏
メーカー勤務などを経て、2007年、楽天入社。同社の国際事業部立ち上げからのメンバー。入社直後から台湾楽天の事業に参加。2008年5月にローンチ。「楽天タイランド」TARADドットコムは現在、社員75人。2009年9月のスタート時は40人だった。平均年齢は27歳。常駐する唯一の日本人スタッフであり、業務中は楽天本社と同じ英語が共通社内言語。