ANNGLE公式グッズストアオープン!

東南アジアで旋風を巻き起こすカラースタイリスト、田岡道子さん独占インタビュー

本格的な色(カラー)の勉強はどこでされたのですか?

大学卒業後、母が福岡市内にOPENしたブティックを任されれるようになり、ここで3年ほど事実上の経営に携わりました。アルバイトを雇ったり、新規のお客様を開拓したりと忙しく過ごしましたが、父が仕事で転勤となり、母も一緒について行ったため、いったん閉じることにしました。ちょうど世の中の景気が傾こうかというころでした。

そうした時、全国展開しているデザイン系の専門学校からスタッフ募集の話があり、そちらに就職することにしました。働きながら色の勉強ができるというのが最大の魅力でした。勤務地も福岡だったので。専門学校ではデザイン系の講座を多数開いており、その講座の内容の企画や参加者を集めるというのが主な仕事でしたが、そのような営業活動は私の得意とするところでした。

月の売り上げはいつも全国で上位をキープ。間もなくスクールの拠点長を任されるようにもなりました。仕事の合間に色の基礎やインテリア関連の勉強もでき、おかげさまで在職中に色彩検定1級を取得しました。

営業ができるということは、人前でのトークもできるということ。ほどなくして、私自身がセミナーを受け持つようにもなりました。最初は無理かなと思いましたが、実際に人前に立ってみて、「慣れると意外とイケル!」と実感しましたね。

本格的に色の世界で生きていこうと思うようになっていたので、このころから海外にも積極的に出るようになりました。世界で一番早く流行色が発信されるというフランスのテキスタイルの見本市「プルミエール・ビジョン」にも調査に行きました。また、米ニューヨーカーのトレンドをつかむために、マンハッタン中を歩いたこともあります。とにかく貪欲でした。

メジャーデビューのきっかけは?

専門学校で異動があり、東京勤務となったのが最初のきっかけです。広報担当でもあったころからテレビ番組に出演して色の効果についての解説をしたり、全国版の雑誌にも登場させていただきました。

また、ひょんなことからデザイナーのコシノ・ジュンコさんと知り合うようになり、コシノさんの自宅で開かれたパーティーに誘われたことがありました。ここで大手インキメーカーの責任者の方を紹介され、カラースクールやカラー関連などの事業を仕事をしてみないかとお誘いを受けたのが第2のきっかけです。

9年ほど務めた専門学校でしたが、いずれは独立を考えていましたので、これを機に離れました。一方のカラースクールの運営については、当初から全面的に私に任せていただいておりました。ですから、これが私にとっての事実上の独立と言っていいかと思います。

とはいえ、不慣れな東京で、スクールのお客さん集めはとても骨が折れました。真冬の東京駅前の街頭でビラ配りをしたことも。おかげで当時はあかぎれが絶えませんでした。でも、頑張りましたねえ。2002年から05年にかけてのころです。売上もそれなりの規模に達しました。

業界で次第に名前が知られるようになると、雑誌などから取材を受けるようにもなりました。ファッション雑誌の「FIGARO」や「GISELE」、美容系専門雑誌の「百日草」や「髪化粧」、「SNIP STYLE」、さらには、ソニーエリクソン(当時)のテレビCMやローマ映画祭出展作品に、私のアレンジしたスタイリングを取り上げてもらったこともあります。「髪化粧」では10ページの連載ページを1年間担当させていただきました。

他にも、いろいろなことにチャレンジしました。東京の表参道に雑貨のお店を開いて、タイから老舗レザーメーカーのBAGや靴、中東から雑貨などを輸入して販売したこともあります。洋服のリメイクデザインの仕事を始めたのもこのころ。トルコ料理のレストランを経営したこともあります。外国人従業員のビザや寮の問題など、まるで「女将さん」のようでした。

仕事が順調に進むようになったので、自分の会社を持つことにしました。2009年のことです。このころになると、通信講座の教材やカラー専門誌の執筆依頼も来るようになっていました。北海道の専門学校からは講師依頼、古巣の大手専門学校からは全国規模でのカラー講座の依頼が入るようにもなりました。東京を中心に名古屋・神戸・大阪・長野・札幌など出張も頻繁で、忙しい日々を送っていました。1年365日のうち、363日は仕事をしていました。仕事が仕事を呼ぶ、そんな状態でした。

ANNGLE STORE
タイでウケるTシャツ
タイ語Tシャツ(パクチー多め)
¥ 2,580