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「遺言」亡き母が残した最後の言葉 バンコクの沖縄料理店「金城」大高昇平

「金城」の2代目オーナーに

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電子部品の日系メーカー勤務時代に、現在、自らが経営する沖縄大衆料理「金城」の初代オーナーと出会った。この年、2008年の夏は、米リーマン・ブラザースが経営破綻。金融不安が全世界に波及した年でもあった。日本でも不動産業などを中心に多くの企業が倒産の憂き目に見舞われた。

影響はタイ市場にも少なからずあり、日系レストランを中心に店を畳むケースが相次いだ。「金城」の初代オーナーもそうした一人だった。常連客だった自分に、「店を継がないか」と声を掛けてきた背景にはそうした事情があった。自分自身は沖縄に帰るとしていた。

それなりに関心もあり、資金的にも余裕があったので、店を引き受けることにした。ただ、勤める日系メーカーもすでに3年以上が経過しており、直ちに退職するわけにもいかなかった。何よりも、利益が出るのか分からない飲食業に裸一貫で乗り込んで行くほど度胸もなかった。二足の草鞋の状態が1年あまりも続いた。

「どっちにするんだ」と決断を迫られた

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案の定と言うべきか、飲食店の経営は散々たる内容だった。経費ばかりがかさみ、申告してくる売り上げはいつも低調だった。店にいないことが、これほどまでにマイナスに作用するとは思ってもみなかった。自分の給料からの持ち出しが恒常化していた。

本職に影響が出ないように務めたつもりだったが、間もなく上司から決断を求められた。「どっちにするんだ」。これ以上、会社に迷惑はかけられなかった。すぐに辞表を提出した。店をやろう。立て直すしかない。

最初に取り組んだのはスタッフの一新だった。レシピもない、原価計算も念頭にない中での経営を続けることはできなかった。メニューを一つ一つ点検し、新しいスタッフとメニューの開発から取り組んだ。とにかく利益が出る仕組みを作ろうと考えた。

頑張らなければいけない…

そうした時に、応援に駆けつけてくれたのが、故郷の母だった。だが、裏方を買って出てくれながらも、会社を止めたことについては良い印象を持っていなかった。母の想いが分かる分、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

その母も、もういない。心配をかける人がいてくれることが、こんなにも幸せなことだとは思いもしなかった。「形見」となった貼り紙や、母が選んでくれた皿を見るたびに思いを強くする。頑張らなければいけないと。

あと2年で40歳を迎える。それまでがひとつの区切りだと考えている。かつて留学していたアメリカと東南アジア、沖縄の旅で経験したような、民族や人種の垣根を超え、誰もが気軽に立ち寄れる、そんな平和の象徴のような沖縄大衆食堂。一生をかけて実現していきたいと思っている。

人口1000万人以上ともされる東南アジア屈指の巨大都市バンコク。アジア、欧州、アメリカなどからひっきりなしに航空機が就航する国際都市でもある。そこに棲むわずか4万弱の日本人。数字からすれば1%にも満たない少数派に過ぎないが、その人間模様は人の数だけ存在し、多種多様の色彩を放つ。不定期新企画「Human Story バンコク人間模様」ではバンコクに生きる個人にスポットを当て、そのドラマ=人間模様を一話完結で紹介する。

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