2016年10月13日、タイ国王が崩御されました。すでにこのニュースは世界を駆け巡り、ANNGLEでも記事が寄せられています。
タイの国王ラマ9世
タイに住んで9年、幾度となく周囲のタイ人・日本人から王様にまつわる話を聞いてきました。どこのお店やホテルにも王様の肖像画がかけられたり、街中でも大小の肖像画を見ることがあり、また、オフィスにカレンダーを飾る人がいたりするので、当初は身近なアイドル的存在として受け止めてきました。しかしこれまでに起きたいくつかの問題(主に政治的なもの)を王様がおさめてくるのを目の当たりにし、国民の生活の安定を考えて行動する、賢く信頼に足る方というイメージが私の中で醸成されました。
今、タイの人たちにとっては大きなよりどころを失い、人々が悲しむ姿を目の当たりにしていますが、それがどれほど悲しく、心にあいた穴がどれほど大きなものなのかは、タイに住んでまだ10年にも満たない私には本当の意味ではわかりません。訃報を聞いて、悲しいというよりはむしろ実務的な意味での喪失感がまず沸き上がったものです。ですが、周囲の人たちの言葉や、人々が生活する手を止めない様子を見て、これがタイの人たちにとってどういうことなのかを理解しているつもりです。
王様の思い出
そんな私ですが、ひとつだけ王様の思い出があります。タイに住み始めてすぐのことなので、2007年の12月だったと思います。当時、会社の先輩で中華系としての誇りと生活習慣を強く守っている女性がいました。彼女の実家は王宮からさほど遠くないところにあります。
その界隈には古くからある美味しい食堂や屋台が多いということで、来タイ間もない私を案内したいと申し出てくれました。美味しいものに目がない私はこの誘いを断る理由もなく、先輩に連れられてある海鮮焼きそばのお店に行きました。「ここは王族がお忍びで来るお店でね」という話を聞きながら、具だくさんの焼きそばをいただきました(評判通り、すっごくおいしかったです!)。
王様をみかけた唯一の瞬間
そのほかにも、「バンコクで一番おいしい」と先輩がいうパッタイのお店でテイクアウトをし(実際、あれ以上のパッタイを私は知りません)、腹ごなしにイルミネーションで飾られたラジャダムナンクラン通りをぶらぶらしていました。道の真ん中に飾られていた王様の写真を見ながら、いかに王様が苦難の道を乗り越えてきたかという話を聞いていたところ、バイクに先導された金色のベンツが通りかかりました。
すると先輩は大きな声で「王様の車よ!」と叫びました。ちょうど王様の話をしていたときのことだったので、私もびっくりして、二人でキャーキャーと大騒ぎに。翌日聞いた話では、当時、王様のお姉さまが体調を崩して入院しており、そのお見舞いの帰り道だったようです。プライベートなお出かけだったので、護衛が少なかったということでした。まだまだしゃんとしていた当時の王様。車の中に誰か乗っているな、という程度のシルエットしか見えませんでしたが、私が王様をみかけた唯一の瞬間でした。
あの時のイルミネーションの美しさと、まだタイに来て間もない興奮と、タイの王様というめったにお目にかかることがない方と遭遇したという興奮が、この時の光景をキラキラしたものとして記憶に焼き付けてくれました。タイ生活を始めたばかり、まだ不安でいっぱい・毎日が手一杯という状況でしたが、今でも昨日のことのように思い出せます。
今後のことは今後のこと。悲しみの中にいる国民の背中をそっと支えているに違いない王様。その王様が願った国の発展。きっとタイの人たちはこれからも力強く、手を止めることなく、国を発展させていくことでしょう。
街中にあふれる黒い服を着た人たちを見ながら、そんな確信を持ちました。