Now Reading
タイ民主化はどこに向かうのか〜憲法裁によるタックシン派政党の解党から

タイ民主化はどこに向かうのか〜憲法裁によるタックシン派政党の解党から

タイ総選挙2019の行方

2019年3月7日、タイ憲法裁判所は、タックシン派政党の一つであるタイ国家維持党に対して解党判決を下した。同党が現国王の姉であるウボンラット王女を首相候補者として擁立し、タイ国民に大きな衝撃を与えてから僅か1か月後のことであった。憲法裁判所によるタックシン派政党の解党は、これで3度目となった。

解党判決を読み上げた1人目の判事は、元タムマサート大学政治学部教授の政治学者である。同判事は、判決の中で「国王は君臨すれども統治せず」との原則に言及し、国王はいかなる政治的争いにも関与すべきではないとの述べ、国王の姉であるウボンラット王女の首相候補擁立は不適切であるとした。

解党判決に対しては、研究者や一部のタイ国民から落胆や批判的な声が聞かれる。勿論、安易な政党解党は民主化にとって好ましいものではなく、また2006年以降は、憲法裁判所や独立機関に対して非民主的、軍事政権寄りだとして批判が相次いでいる。しかし、今回のウボンラット王女擁立劇から解党判決までの一連の騒動については、解党判決を批判するだけでは、タイ民主化が抱える重要な問題点を見落としてしまう。

タックシン派の思惑・期待

ウボンラット王女は、以前から度々タックシンと一緒にいるところを目撃されており、今回の擁立劇もタックシンの指示だったと思われる。では、なぜタックシンはウボンラット王女を擁立したのだろうか。

タックシンが2006年クーデタにより政治権力を失うこととなった契機の一つとして、前国王やその周辺との関係が良好ではなかったことが挙げられている。そのため、現在の王室と良好な関係であることを示せば、一気に形勢逆転できると踏んだ可能性が高い。また、王女を首相候補者として擁立することで、2006年以降の国民を二分する政治対立状況に嫌気がさしている国民の支持を取りつけ、3月24日の総選挙で勝利する可能性が上昇すると考えたのだろう。更に、王女がタックシン側についていれば、政権樹立後に軍がクーデタを起こすことを防ぐ効果もあると期待できた。

タイ国家維持党の立て看板
タイ国家維持党の立て看板 Photo by Toyama

王女擁立に対する国民の反応

タイ国家維持党が、首相候補者としてウボンラット王女を指名したことが明らかになると、タイ国民は騒然となった。ネット上では、驚きとともに、長らく続いてきた政治対立の終焉を期待する声が上がった。外国人研究者の中には、ウボンラット王女擁立を高く評価し、「ウボンラットが首相になれば、タイは民主化に向かうだろう」と期待するコメントを出す者もいた。

しかし、実際にタイ国民の生の声を聞くと、王女擁立に対して諸手を挙げての歓迎ムードという訳ではなかった。「赤シャツ」のデモに幾度も参加した経験のあるタイ人女性たちは、ウボンラット王女の擁立に対しては強く反対をしていた。理由は、「役所や企業での勤務経験があるわけではない王女に、国政の運営能力があるとは思えない」というものであった。また、新たな民主派勢力として期待される新未来党で勤務する若者たちも、王女擁立に対しては批判的であった。理由は、王女に国政運営能力が期待できないことと、そして下院議員選挙に出ることなく首相への就任を目論む点では、現在のプラユット首相と同様に非民主的であるという批判であった。

親軍政党の関係者や王党派の中からは強い反発も生じていることが報じられ、深夜には国王から王女擁立は不適切であるとする声明が発表され、奇策ともいえる擁立劇は僅か一日足らずで終了することとなった。

政治的安定と民主化

果たして、タックシン派政党による王女擁立は、タイ民主化への希望の光であったのだろうか。民主化とは何であるか、改めて考えてみる必要があるだろう。

タイは、民主化運動の中で、選挙によって選ばれた民選首相を求めてきた。1980年代までは、たとえ総選挙を実施して民選の下院が登場しても、上院は任命制であり、首相は非民選であり(元)軍人が就任することが多かった。民主派勢力は「国民によって選ばれた下院議員の中から首相が任命されるべきである」と主張してきた。現在の2017年憲法は1991年憲法(改正前)以来、久々に非民選首相を認める憲法であったため、起草直後から強く批判されてきた。現在、軍事政権を率いているプラユット首相は、親軍政党から首相候補者として指名されているが、非民主的だと批判されている。

では、プラユット首相と同様に、「上」から降りてきた首相候補者であるウボンラット王女は民主的といえるのだろうか。確かに、2006年以降の政治対立は、タックシン派と王党派との間の対立という側面を持つため、王女とタックシンが手を組めば政治対立は少なくとも表面的には沈静化するかもしれない。また歴史的に幾度も繰り返されてきたクーデタを封じることはできるかもしれない。しかし、政治的安定と民主化は別物である。

親軍政党の立て看板
親軍政党の立て看板 Photo by Toyama

民主化への影響

ウボンラット王女がタックシンと組み首相に就任した場合、どのような展開がありえただろうか。王女擁立について、国王が事前に把握していたか否かは不明であるが、王女が首相に就任することにより政治対立を抑え込むことが出来た場合、タイ国民は王室に対して大きな「借り」を作ることになった。国王は、王女を首相に抱く新政権に対して、強い政治的影響力を持つ可能性が高かった。また国家元首と行政府の長が姉弟という関係は、王女自身の意図は別にして、一種の独裁体制になりかねない危険性を孕んでいた。また、現在の国王が、西欧型の代議制民主主義に対してどの程度共感しているか不確かな部分がある。王女が首相に就任することで、タイが民主化に向かって進むと期待するのは楽観的過ぎだろう。

王女自身が擁立を容認した意図は別にして、今回の擁立劇は、政治エリート間の権力闘争の中から出た奇策である。各勢力には、それぞれの思惑があったはずである。政治対立の解消のために安易に飛びつくことは、非常に危険な選択肢であったのではないだろうか。

© 2019 ANNGLE(THAILAND)Co.,Ltd. All Rights Reserved.

Scroll To Top