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タイでの逮捕

タイでの逮捕

私はアユタヤに勤務していた。アユタヤは遺跡があり飽きない街だった。そんなアユタヤで妻とささいな事から大喧嘩してしまった。アパート中に響き渡る声、私は思わず妻を殴ってしまった。殴られた妻は私を殴り返すなり外に出て行き2時間ほど見えなくなった。私はむしゃくしゃして近くの売店でビールを買い飲み干していると、警察のパトカー(当時はジープ)が私の目の前で停止した。

私は何事があったのかと見ていると私の前に2人の警察官が立ちはだかり私に何か声を掛けてきた。私は「何かあったのですか?」と言うか言わないうちに、私の両腕には手錠が掛けられた。私は驚きジープの助手席を見ると妻が乗っていた。

私に手錠が

妻は私を見据えてニヤリと笑みを浮かべると「あなたは何をしたか判る。」というと続けて「少し頭冷やして考えなさい。」と言うと妻は反対側のアパートに向かい駆け出していた。私は「どうして私に手錠がと。」言うか言わないうちに2人の警察官に両腕を取られジープに引っ張られるように乗せられた。走る事15分。

アユタヤの警察の前に到着した。私の頭はパニック状態で目先の事さえ考える余地が無かった。警察署の中に入ると玄関先の椅子に座らされた。他にも数人座っていたが手錠をかけられてるのは私一人で見世物小屋に居るように通る人や周りからジロジロ見られているのが気が気でなかった。私の名前が呼ばれ一人の刑事であろう警官から付き添われ個室に入った。個室にはイスとテーブルがあり腰かけると警官は手錠を外してくれた。

刑事の片言日本語

当時はタイ語も満足に話せずに居た私はどうして捕まったのか理解すらできずに居た。その刑事らしき人は片言の日本語で話し始めた。「あなたは奥さんを殴りましたか?」と紙に書かれた言葉を話した。私は正直に「頭にきてビンタしました。」と日本語で言うとその言葉を理解したのかうなずくと今度は英語で「あなたは外国人ですね。外国人がタイ人女性を殴ったのは重大な犯罪です。」というと「これから拘束して詳しい事情を聴き場合によっては逮捕します。」そういうとその場を離れた。

私は「拘束と逮捕」という言葉で頭がいっぱいになった。別の警官が再び来る間に色々なことが次々と頭に浮かんだ。私は「逮捕されたら会社は首だとか、強制送還か?とか生まれて初めて刑務所にそれもタイで入るのか?」とその思いが走馬灯のように私の頭の中で回っていた。30分ぐらいすると先ほどの刑事とは別の警官がきた。私の手に再び手錠が掛けられ取調室を後にした。

警官に「どこに行くのか?とか,これからどうなるのか?」とか聞いたが返答が無く無駄だった。大体当時の私のタイ語は全然通じない状態だった。地下に降りるであろう階段を降りると正面には鉄格子のある留置所らしきものが薄暗い裸電球の中に見えた。私は「いよいよ居れられるのか?」と思うと悲しみと恥ずかしさと入り乱れた気持ちになり警官の後をついて行った。警官は無言のまま一部錆びて赤く変色したドアを開けた。

ギギギー」という音と共にドアが開けられると同時に私の手錠が外されて左肩を「トントン」と叩かれ、うながされると私は檻の中へと入った。また再びドアが「ギギギー」と嫌な音を立てて閉まると私は取り残された思いと絶望感がこみ上げてきた。裸電球の下、途方に暮れる私が居た。中を見渡すと二段ベットと脇にはトイレそれに壁には30㎝程の鉄格子の窓が冷たく外の明かりを運んでいた。再び私の心に不安が押し寄せてきた。

檻の中の隣人

ふとベットの隅の方を見ると人影が見えた。誰か私と同じように拘束されてる人が居ることに気が付いた。私は恐る恐る近づくと初老の半ズボン半袖の男がこちらを見て笑っている。顔には裸電球の薄明りが当たり不気味な笑みを浮かべているのがみえた。私は「何が可笑しいのか」と言うと男を睨みつけた。男は薄明り中、さらに笑い声を強め声を上げて笑った。私を馬鹿にしているように私は受け止めた。私は「何が可笑しいんだ?」と言うと男は「お前はここに何しに来た。」とあっけらカランとした返答が来た。私は馬鹿正直に「妻を殴って入れられた。」と言うと男は真剣な顔になり「半殺しか?それとも殴り殺したのか!!」と言うと電球の薄明りに映る男の笑口が消えた。

私は無言だった。男はさらに「お前はタイ人じゃないな。お前の罪は俺より重いぞ。」そう言うと下を向き口を継ぐんだ。沈黙と静寂が監獄の中に広がった。私は裸電球の真下に座ると自身の下にできる影を眺めてこれからの事を考えていた。するとまた脇の方から男が声を掛けてきた。「俺は人を殺しては居ないが半殺しにしてここに入れられた。お前の罪は重いぞ。」というと私を見て笑った。私は「こいつ馬鹿じゃないか?勝手に私の事を妻殺しに仕立てている。」そう思うと私の方が笑いを堪える状態だった。また沈黙の時間が流れた。私は何気なく腕時計を見ると夜の7時になろうとしていた。

Ichigo121212 / Pixabay

監獄への差し入れ

監獄の正面のドアがまた「ギギギー」という音で開いた。先ほど私を房に入れた警官がきた。暗い声で「夕ご飯だ、食え」というと檻の一部を開けて何やら籠のような物をいれてまた鍵を掛けると出て行った。私は何が入っているのか気になり急いで開けた。

中にはカウパットと水筒とガイヤンが入っていた。私は「警察では普段私が食ってるものと変わらない食事が出るのだ」と思い、隅に居る男にも半分わけようと近づいた。その時だ。男が走り寄り私の食事を無言でバスケットごとひったくると、また自分の居たベットの隅に持ち込み両手でカウパットを握ると口に運びまるで飢餓人が食べるようにむしゃぶり着き食べ始めた。私は明日の事やこの檻に何時まで入れられるのかという気持ちが勝り食事どころではなかった。男は私の事などもう眼中になく無我夢中で食らっていた。

籠の中の水筒が私の前に転がってきた。私はやるせない気持ちで水筒を拾うと水を飲もうと栓を開けた。水筒の中身は水ではなく、ウイスキーの水割りだった。私は「警察がどうしてアルコールを?」と考える力も無く一気に飲み干した。アルコールが私の体全体に回った。頭も体もクタクタだった。ベットに寝ると深い眠りが襲ってきた。

隣人の恐怖

何時間寝たか?起き上がると時計を見た。午前1時30分だった。上を何気なく見るとあの男がニヤけた顔で私をベットの上からのぞいていた。男は「お前よく眠れるな。俺は次の日どうなるか考えると眠る事など出来なかったぞ。」そういうとまたニヤけた顔でベットから落ちて今度は私の目の前にしゃがんだ。男は「お前は大した悪だな。肝が据わってる。」そう言うと「フー」と私の目の前から消えた。私は驚きのけぞっていた。奴は幽霊だったのだ。私は驚き騒いだ。

格子をつかむと力の限り揺すり「ここから出してくれー。ここから出してくれー。」と何度も騒いだ。大声で怒鳴った。鉄格子の揺れと私の檻に当たる音と私の騒ぐ声を聴くと眠そうな顔で夜勤であろう警官が掛けつけてきた。檻の外に近づくと怒鳴った。「静かにしろ、今何時だと思ってるんだ。」私はそれでも騒ぐのは辞めなかった。日本語で「お化けがでた。幽霊が出た。」と騒ぎ立てて居たが看守は脇のテーブルの上に置いていた警棒を取ると私の騒ぐ格子めがけて思い切りたたき始めた。それを見た私は思わず立ちのくと騒ぐのをやめた。私の体全体に鳥肌と冷や汗がにじみ出て流れるのを感じた。

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言葉が通じてるのか通じてないのかわからないが私が落ち着くのを見て看守が話始めた。「お前は何を見たんだ。この檻には何もいないし、今までもお前のように騒ぐ人間は居たがみんな次の日に病院に運ばれている。お前も運ばれたいか?落ち着け、落ち着いたら寝るんだ。」そういうと看守は去って行った。私はあの男に取りつかれるのではないかと思い気が気ではなかった。

翌朝の帰還

私は男が目の前から消える姿を見てからは一睡もできなかった。色々なところから聞こえる小さな物音さへビクついていた。私の目の前から消えた男は誰だったのか?監獄の格子窓から朝靄であろう光と影が差し始めた。徐々に周りが明るくなり夜中の事が嘘のように私一人が取り残されていることに気がついた。周りを見ると食い散らかしたカウパットの皿とガイヤンの骨だけが無造作に転がっていた。私は気を取り直してカウパットの食い散らかした物を集めるとトイレに流した。ガイヤンの骨は集め元のバスケットに戻し、酒が入っていた水筒は洗面所で洗いバスケットに戻した。時計を見ると午前6時過ぎ廊下を歩く音がし始めた。私は「今日どうなるのか」を考え始めていた。

午前8時。檻に向けて2,3人の足音が近づいてきた。私はその音が近づくと気が気ではなくなり、檻の格子に摑まり格子の前のドアが開くのを待った。ドアが開き2名の警官が現われた。私の前にまっすぐ進み出て格子を開けると言った。「警察署長がお待ちだよ。」続けて別の警官は「初めて入った監獄の感想は?」と言うと薄笑いしていた。

私は無言だった。再び手錠が掛けられて階段を二人の警官に付き添われ2階の署長室の前に来ると再び手錠が外された。ドアを警官に開けてもらい中に入ると驚いた。かみさんとその脇には警察署長であろう制服姿の人物が居た。私は思わず「どうしてお前がここに居るんだ。」と叫んで詰め寄った。妻は「知らなかったの?私の叔父さんはアユタヤの警察署長よ。」そういうとニヤケテ下を向いた。

“ここはタイ王国だと言う事を忘れてはいけない”

次に警察署長は「姪を殴ったのはアンタか?」と聞かれた。私は正直に「そうです。」と答えると署長は静かに「女を殴るのは良くないな。ま、夫婦の事に口を出すのも此処は警察だから立ち入りは禁物だ。しかしここはタイ王国だと言う事を忘れてはいけない。あくまでも、タイ人を尊重するのが当たり前だ。」と言うと笑っていた。私は納得が行かなかったがまた監獄に逆戻りは嫌だったのでだんまりを続けた。妻は「差し入れおいしかった。」と聞いてきた。

私はこの時初めて妻が差し入れたことがわかった。道理でアルコールが出てきたり、私が好きなものが出てくるはずだと納得した。私は妻にその場で誤り釈放された。警察の玄関先まで妻の叔父の署長が送ってくれた。その先で私は昨日の幽霊の話を署長である叔父に話すと叔父は「また出たか?あれは昔私が警官の時に捕まえた男であの檻の中でベットのシーツを首に巻き格子で首つり自殺した奴だ。しかし間抜けな奴で、自分では半殺しか、殺したつもりが相手は起き上がり警察に被害届を出しただけで死んでは居なかった。連絡ミスと勘違いが重なった。何も死ぬことはなかったのだ。当時は相手が無事な事も男には伝えられなかった。」そういうと叔父は監獄がある方向に向きを変え手を合わせ祈りをささげた。

私は無言で妻の運転する車に乗せられて帰宅した。その車の中でうす笑みを浮かべる妻の姿を見て、これからの生活を考えると怯える私が居た

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