「サムライ」目指すは日タイ芸能界の架け橋-俳優、大関正義

バンコク人間模様

中世のアユタヤで活躍した謎多き日本人「山田長政」を演じた日本人俳優と言えば分かりやすいだろうか。福島県郡山市出身の大関正義(おおぜき・せいぎ)。2003年からタイに居を移し、タイの映画界、芸能界で一世を風靡した男。現在は、バンコクで芸能プロダクション会社を設立し、タイ人のパートナーと忙しい日々を送っている。「ゆくゆくはタイで映画の製作も」と考えるサムライのバンコクでの半生を追う。(敬称略)

自分もそろそろと思っていた

Seigi Ozeki (1)

タイとの関わりは偶然だった。故郷の郡山で高校時代までを過ごした大関は、東京の専門学校在籍中にモデル事務所に所属。卒業後もモデルを続けるかたわら、ファッション誌やCMなどにも出演。ファッションショーや広告の仕事もするなどして20歳代を過ごした。

日本のとあるビール会社のテレビコマーシャル出演が決まり、初めてタイを訪れたのが、ちょうど10年前。ロケ地となったのが、タイ東北部の玄関口コラート(ナコーンラーチャシーマー県)だった。ここでタイの芸能関係者との知遇を得た。

帰国後、間もなくしてタイで知り合ったコーディネーターから連絡があった。「日本人の配役を探している。バンコクで上演予定のミュージカルのオーディションを行うので、是非、参加してほしい」。願ってもないチャンスだった。

モデル時代に知り合った何人かは、パリやニューヨークに飛ぶなど、すでに国際経験を積んでいた。自分もそろそろと思っていた矢先。早速、自らの歌声を収めたCDと写真数点を送り、返事を待った。

異国での人生のスタート

Seigi Ozeki (6-2)

第1次審査の書類選考は難なく通過。「面接を受けにタイに来て欲しい」と連絡があったのは、それから間もなく。二つ返事で飛行機に跳び乗った。

滞在期間は1週間。ミュージカルに必要な演技力、歌唱力、音感がみっちりと試された。まず出された課題は谷村新司の「昴(すばる)」。子供のころ聞いたことはあったが、年代が違いすぎて歌えない。逆にタイ人スタッフに歌詞を教えてもらいながら、どうにかクリアした。

続く課題曲は、タイの有名な古典的ラブソング「ラック・アーイ」。初めて聞くタイ語の曲に戸惑いながらも、慣れない異国の言葉を耳で覚え必死に練習した。短い滞在期間中に何とか暗唱できるようになり、帰国前日に最終審査。劇場のオーナーや監督など大勢の前で手に汗握りながら歌を披露した。

正直、自信はなかったが、その翌日、無事、合格の知らせ。「舞台で歌ってもらう曲まず一曲をCDに収録して日本に送るから、タイに来るまでに覚えておくように」。念を押されて一時帰国した。

再びタイの大地に降り立ったのは、2003年8月24日のこと。3ヶ月間の滞在予定だったが、振り返ってみれば、この時が異国での人生のスタートとなった。

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