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タイ深南部ヤラー県の美しい街並みを造った人物

ヤラー市の美しい街並み ©Yalacity(facebook)
ヤラー市の美しい街並み ©Yalacity(facebook)

タイ深南部の3県(ヤラー県、パッタニー県、ナラティワート県)は、現在も外務省からの渡航中止勧告が出ており、紛争や爆発事件が絶えない都市という印象がどうしても強くなってしまうのだが、実はヤラー県ヤラー市は、世界レベルの優れた都市計画により、その街並みが美しく整備されていることで知られている。

ヤラー市の美しい街並み ©Yalacity(facebook)
ヤラー市の美しい街並み ©Yalacity(facebook)

その美しい街並みは誰の手によるものか?

ヤラー県知事・ヤラー市長を歴任したプララットキットウィチャーン氏が、都市計画の礎を築き、ヤラーを”整備された秩序のある美しい街”へと導いた人物である。

同氏は、ヤラーの都市計画を造っただけではなく、多くの面でヤラーの町を発展させ、「ヤラーのために尽力した人物」として名声を得ることとなった。

ヤラー市の都市計画を担ったプララットキットウィチャーン氏 ©sanook
ヤラー市の都市計画を担ったプララットキットウィチャーン氏 ©sanook

プララットキットウィチャーン氏の経歴

プララットキットウィチャーン氏は、1913年~1915年までヤラー県知事を務めた、元公務員

その後、市議選へ出馬し1937年~1945年までの8年間、2期にわたってヤラー市長を務めた。このヤラー市長在任中に、同氏はヤラー市建設のために全力を注いだのである。

ヤラー市の都市計画

まず最初に、3本のロータリー状の道路を持つ都市計画を立案した。

そして、県庁、市役所、県裁判所や地方警察署などの政府系の重要な機関を、そのロータリー内に建設する計画を立て、移転に際しては県のサポートを行った。

加えて、幹線道路を含む多くの道路の建設も行った。ロータリーの中心部へと繋がるそれらの道路には、カリンやブーゲンビリアの木が植えられ、歩道も整備されるなど、緑豊かで美しい並木道が造られた。

ヤラー市の主要な道路の1つであるスックヤーン通りのカリンの木 ©Yalacity(facebook)
ヤラー市の主要な道路の1つであるスックヤーン通りのカリンの木 ©Yalacity(facebook)

また、ヤラーの守護神を祀った祠堂である「サーン・ラック・ムアン」を後に建設する人物であるアドゥン・プーミナロン氏の父と協力して、町の中心部の選定、お寺や小学校の建設支援を行ったり、子供の遊び場やサッカー場なども建設した。

プララットキットウィチャーン氏の手腕

プララットキットウィチャーン氏は真の民主主義者であった。市の事業を進める際は、事前に行われる会議で自治体メンバーからの意見を必ず募った

同氏は、自分の時間や個人の資産を犠牲にして、公務に従事した。職員や住民と良い人間関係を築き、先見の明があり、志も高い人物であったと言えよう。そのことが今日に至るまでのヤラーの発展に繋がっている。

同氏が礎を築いたこの素晴らしい都市計画は、ヤラーの資産として、今後も受け継がれていくだろう。

Source:Sanook!, Yalacity(facebook)

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Written by Yuko

Yuko

北海道旭川市生まれ。大学入学を機に大阪へ。東京での商社勤務の後、夫の転勤に帯同する形で5年間のタイ生活を送る。在タイ中は主にタイ語の勉強と日本語ボランティアに勤しむ。本帰国後、タイ語-日本語の翻訳・通訳の仕事やタイ語(タイ文字)を教え始め、タイ語の面白さを改めて実感中。

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