先日、ある駐在員さんと話をしているときにこんなことを言われました。

「どんなに日本語が上手でも、やっぱり心の機微というか、空気を読むというか、そういうのはタイ人には無理なんだねぇ。ここはもっと教えないといけないところだね」

その方は私より年齢も上なので、若いスタッフの育成を会社員生活の中で経験してきたはず。また、タイに来て複数年になるにも関わらず、まだこういうことにこだわって仕事してるの!?と驚きました。思わずむっとして「空気を読んで仕事するなんて、日本人でも年代や育ってきた背景が違えば難しいんじゃないですか。それにどうやって教えるんですか、そんなもの」と言い返してしまいました。

仕事をしていて「あ!ここまで伝えなくちゃいけなかったか!!」という経験は私にもあります。だからこそ、何かを頼むときは背景を説明し、してほしいことをきちんと1から10まで伝えるように心がけています。それでも指示が漏れて「ミス」をした場合は、きちんと指示しきれなかった私の責任です。相手の人が「タイ人」「空気を読めない」からではありません。

日本人であろうと、タイ人であろうと、アメリカ人であろうと、年齢や育ってきた背景、受けてきた教育の内容によって理解できることや察せられることには限りがあります。日本人同士でもそれは同じはずで、だからこそ毎年のように「今年の新人は」なんて特集記事があちこちで組まれたり、「ゆとり世代は」なんて物言いがあるわけです。ここに共通する根本の話は同じもしくは似たようなもので、「タイ人だから」を理由にするのはお門違いです。

「日本語を上手に話す人だから、日本人と同じように動けると思った」というのも全くおかしな話で、言葉というのは努力によって身につけた「スキル」であり、「日本人と同じように空気を読む」なんていうのは日本の社会で、周囲の圧力と駆け引きしてきた結果に習得される「処世術」でしかありません。ここをまぜこぜにしがちなのが、日本人の陥りがちな点だなぁ、とタイで働いていてつくづく感じています。

タイに日本的な感覚や発想を求める日本人

心の機微だとか空気の読み方なんかを教えるよりは、仕事をする上で自分が出す指示の仕方を変えること、相手のやる気を継続して引き出してあげるにはどのようなことがいいか、相手の考え方の癖を知り、自分の考え方を知ってもらうために日頃からコミュニケーションをとる、ということに力点を置いたほうがよほど建設的かつ前向きです。

タイで働くということは、異文化の中で自らがマイノリティとして働くということです。郷に入っては郷に従え。タイの人たちに日本的な感覚や発想を求めるよりは、自らの中にあるものを少し変えて適応するほうがよほど効率がよく、お互い気持ちよくお仕事ができると思います。

ここはタイ。私達のやり方が主流ではありません。

タイ人のマネジメントに悩んでいる方々と、一度このあたりじっくりお話してみたいと思いますが、いかがでしょうか?

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