工場で現場監督を務める松本裕美さん

タイで働く女性たち

工場の現場監督として通算6年

情報通信機器などを製造している「FURUKAWA FITEL」で通算6年間、工場の現場監督(アシスタント・マネージャー)として稼働したという松本さん。部下にあたるタイ人従業員は最大時800人。うち女性は90%あまり。

「製造の現場はどんな優秀な技術があっても最後は『人』。現場にいる人たちが『自分たちが良いモノを作る』という強い意志を持たない限り、決して喜ばれるモノを作ることはできません」と話す。

学歴や貧富の差がなお大きいタイで、ともすれば「アライ・ゴダイ(どうでもいい)」という諦めにも似た言葉が口を突いて出がちなタイ。「従業員一人一人が大切な責任を持った個人」であることを分かってもらうために、出来る限り膝を詰めて話しをする機会を持ったという。

ミスしたことを怒るばかりではいけない。正直に話してもらい、それをどう改善していけば良いのか。「ともに考えることの大切さを学びました」

自信のなかった「かつての私」

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宮崎県出身、今では元気印の「姉御肌」に見られるという松本さん。ところが、かつては「何もない自分」にすっかり自信を失っていたとか。ピアノを始めても続かない、受験も途中で何か理由を言っては放り投げ…。

「小学校の臨時教員として働いてからも、結婚してからも、それは変わりませんでした」と振り返る。そうした時、ちょっとしたきっかけでUAEのアブダビに格闘技の試合を見に行くことになり、現地で知り合ったたくさんの選手たちと交流を重ねるうちに思うようになったという。「私もやってみよう…」と。

帰国後、早速、京都にある格闘技ジムの門を叩いた。でも、まだ不安だらけ。「自分にできるだろうか」。そこで、初めは簡単な京都御所の回りを毎日走るという課題を課した。「30日間それを続けることができた時、始めての小さな自信が私の心に刻まれました」

それから、あっという間に5年間の時が流れた。自分では「目立つような格闘技選手ではありませんでした」と言うが、それでも試合前になると自分を追い込み、ギリギリの状態で戦った。引退前の最後の試合では、大方の予想を打ち返して格上の選手に勝利することもできた。

人生は一度きり

格闘技の選手時代、練習の一環でムエタイのジムに通ったのがタイを訪れるきっかけだった。何度か来るうちに、「タイっていいなあ」と思うようになったという。

試合の古傷から寒いと膝が痛むことがあり、温暖なタイの気候が肌に合ったとも。南国の地で真摯に練習に励む選手たちを見て、「タイでゼロから新しいことを始めたくなりました。異国に無限の可能性があるように感じられたのです」

もちろん、家族の理解がなければ実現は難しかった。自営業の夫は「人生は一度きりだから、好きなことをやってみてはどうか」と背中を押してくれた。「ほかの親族も今では理解してくれています」とも。

人と交わり、人を育てることが「私の生きがい」

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工場は近々退所予定。「タイでまた、新しいことを始めたいと思っています」と話す。当面は、昨年から始めたチュラロコーン大学でのタイ語の勉強を継続するつもりだという。

「日本での教員生活、タイでの工場の現場監督といった経験を通じて、私は人と接していくことが好きなんだということが良く分かりました」と話す松本さん。「人と交わり、人を育てる。これが私の『生きがい』です」とも。

そのために、タイで何ができるのか、じっくり考えていきたいという。場合によっては起業も選択肢の一つという松本さんは、「人が元気になり、やる気が持てるような環境づくりに関わっていきたいと考えています」と笑顔でインタビューを締め括った。

タイで在留届を提出済の日本人は最新の2012年統計で約5万人。企業などの駐在員や永住者、その家族などが多くを占め、滞在する男性の多くが仕事を持って暮らしている。女性についてはビザの関係から就労が難しいと一般的に理解されているが、実は「働く」女性は決して少なくない。新企画「タイで働く女性たち」では、タイで仕事やボランティア活動などに就き、活躍する女性たちを追う。

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