プーケットの旧市街の近く、路地の入口のところで、ドリアンを並べているおばさんの周りをチョロチョロしている小さな黒い犬がいた。
「この子はね、チャオグアイっていうんだよ。今10ヶ月か、1歳ぐらいかな。そこのうちで飼っているんだよ」
どうやらこのおばさんの犬ではないらしい。
「ほら! チャオグアイ! おすわり!」
チョロチョロしていた小さな黒い犬は、急に立ち止まってペタンとその場に座った。おばさんの犬ではないのに、おばさんのいうことはよく聞く…。
おばさんが「そこのうち」といった一角には、バラックが何軒か長屋のようにくっついて並んでいる。その中で暮らす男性に飼われているというチャオグアイは、放し飼いで、いろいろな人に構われ、タイでよく見る、野良犬なのか飼い犬なのか、どこの誰の犬なのか、よくわからないような環境で、自由にのびのびと生きているようだ。
タイでは、犬猫に甘いものの名前を付けることがよくある。野良犬だとシロだのクロだの単純な名前で呼ばれることが多いが、このチャオグアイはとてもかわいらしい名前で呼ばれている。こう見えても飼い犬だな、と思った。それにその黒い体にぴったりのすてきな名前だ。
チャオグアイ(เฉาก๊วย)とは、仙草ゼリーのことだ。甘いシロップをかけて食べる黒いゼリー。
仙草ゼリーくんは、近所で生まれた子犬をその男性がもらってきたらしい。どこで生まれたのかは、おばさんはよく知らないという。でも、私は仙草ゼリーくんの親がどこにいるのかすぐにわかった。
その前々日だったか、私はすぐそこのバスターミナルの近くで、黒いメス犬と白いオス犬を見た。カメラの中の写真を確認すると、胸の白い模様と少し尖った感じの大きな耳が仙草ゼリーくんとそっくりだった。尻尾も、毛並みも、何より顔がよく似ている。
仙草ゼリーくんは、初めは私を警戒して、私が近付くと口をすぼめて上のほうを向き、その風貌に似合わない野性的な長い咆吼を聞かせてくれた。途端に2頭の大きな野良犬が通りの向こうに急いで現れた。仙草ゼリーくんはちゃんと近隣の野良犬ネットワークに参加している。
半野良、半飼い犬…タイの犬にとって、いちばんサバーイ(快適)な生き方かもしれない。