アングル
角度を変えてタイからアジアを覗く

「雷で人生が変わった!」シンガソングライター、瑠璃(RURI)さん

確かに「雷」だった。今でもそう強く信じている。

その瞬間、何が起こったのかわからなかった。放心状態だったのだろう。扉を開けて入ってきた友人から「るりちゃん!」と声をかけられても、しばらくは言葉を放つこともできなかった。

福岡に住んでいたときのことだった。友達と行ったTHE BOOMのコンサート。観客席に入る二重扉の2枚目を開けたところで、「雷」は「落ちた」。

ズドーン! あれは確かに「雷」だった。今でもそう強く信じている。でも、後ろにいた友人は「何も見ていない」という。「雷」が「落ちて」、怪我をした人もいない。何よりもコンサートは一切の滞りもなく行われた。

「君のステージはそっち(観客席)じゃない」

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「雷」が「落ちた」瞬間、確かに聞こえた。「君のステージはそっち(観客席)じゃない。こっちだ」。「受け入れるしかない」と思った。「やるからには、とことんやらなければ…」

東京へ渡ったのは、それから間もなく。「音楽で生きていくんだ!」と決めた以上、妥協は許されないと思っていた。全国からたくさんのアーティストたちが集い、競い合う東京。そんな場所に、あえて自分自身を置いてみようと考えた。

初めのうちはパソコン・インストラクターのアルバイトで凌いだことも。それでも、時間を見つけてはオリジナル曲を作り、デモテープに収録してせっせとプロダクションに送った。

幸いにも何人かのプロデューサーらの目に止まり、FM局のオーディションに出演するチャンスが訪れた。晴れてグランプリを獲得、CDデビューという幸運にも恵まれた。最初のアルバム(全3曲)名は「chuing」だった。

「音楽に壁はない!音楽は言葉の壁を越える」

バンドメンバーを募り、ライブハウスなどで活動を続けた。全国ツアーを行ったことも。バンド名は「15JAM(いちごジャム)」。ソロで歌っているころから、このグループ名で行こうと決めていた。

スポンサーのつてで、バンコク行きが決まったのは今から5年前。シンハビールのカウントダウンイベントにゲストとして呼ばれ、ステージに上がった。

「みんな私のこと知らないのに大丈夫かなぁ。日本語ばかりのオリジナル曲で大丈夫かなぁ。どうなるんだろう?」

杞憂だったと分かるまで、そう時間はかからなかった。総立ち状態で「15JAM」とコールを繰り返す観客席。「音楽に壁はない!音楽は言葉の壁を越える」。痛いほど感じた。

「タイの人が何を考えているのかを知りたい」

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タイのことがいっぺんで気に入った。大人になるにつれて失っていった大切なものが、ここにはあるような気がしてならない。なくしたものを再発見できる、そんな感覚だった。

タイを拠点とするようになったのは2年ほど前。この間、イベントやステージ、テレビ、CMにも出演した。タイ北部チェンマイやチェンライの少数民族に物資を届けるボランティアに参加したこともある。

去年からはチュラロンコーン大学のタイ語課程でタイ語を学んでいる。「タイの人が何を考えているのかを知りたい。タイ人の思想を知りたい」。貪欲なまでの向上心は、「(タイ語学習の)最上位課程まで続けたい」という決意となって現れている。

タイで在留届を提出済の日本人は最新の2012年統計で約5万人。企業などの駐在員や永住者、その家族などが多くを占め、滞在する男性の多くが仕事を持って暮らしている。女性についてはビザの関係から就労が難しいと一般的に理解されているが、実は「働く」女性は決して少なくない。新企画「タイで働く女性たち」では、タイで仕事やボランティア活動などに就き、活躍する女性たちを追う。

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