ユニット「平安桜」結成10周年! 大地の音色「オカリナ」を奏でる水原和希さん

HEIANZAKURA タイで働く女性たち

日本の原風景を世界に伝えたい

美しき祖国「NIPPON」。茜色に染まった夕暮れ時、遠き山々を照らす田んぼの水面。ひとしきり外遊びに興じた後、家路へと急ぐ子供たちの列。かつてどこにでもあった日本の原風景を、オカリナと三味線のユニットで表現しているのが水原和希さんと小林孝弘さんの「平安桜」。

水原さんのオカリナは、土からできた「大地の音色」。小林さんが奏でる三味線は、大地にそびえる大樹とそこに生きる動物の革からできた「大地からの贈り物」。遠く離れていても、大地はどこまでも続くというメッセージも込めた。

演奏する曲目は小林さん自作のオリジナル曲が中心。古来から伝わる懐かしのわらべうたも編曲を加えレパートリーにしている。世界中の人々に伝わるように、あえて歌詞は付していない。

「心のどこかに残っていた」オカリナ

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オカリナとの出会いは小学4年生の時。夏休みの自由研究でオカリナを自作。音が出るのが面白くて、しばらく虜になった。

思えば、楽器に没頭する子供だった。小学1年生の時はハーモニカに夢中となって、1年間をかけて習う全曲をわずか1ヶ月でマスターした。2年生に進級した時のリコーダーも同様だった。

その後、趣味や関心も広がり、楽器からは一時離れていたが、「心のどこかに残っていた」。小林さんとユニットを組むことになった時、自然とオカリナが脳裏に浮かび、手に採った。

「タイ、行けるんじゃない?」

「平安桜」は2003年、名古屋で結成。2年後の「愛・地球博」では多くの外国人客を目の前に、トータルで10回以上のイベントに参加した。「世界に出よう!」というきっかけになった。

ユニットとしてタイを初めて訪れたのは2006年。試しにルンビニ公園で街頭演奏してみたところ、瞬く間の人だかり。「タイ、行けるんじゃない?」。思わず二人でニンマリ顔を見合わせた。

日本に戻って早速取り掛かったのは、日本を離れるための“残務処理”。水原さん、小林さんともにテレビやラジオのレギュラー番組を持っていたが、2008年末限りでの降板を伝え、了承を得た。

安らかで変わることのない悠久のシンボル日本の「桜」

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そうして再びタイの大地を踏んだのは2009年1月。コネもなく、知り合いもない中での大冒険。商業施設セントラル・ワールド前で開設していたビアホールに頼み込み、上がったステージが“初舞台”だった。

タイだけでなく、周辺諸国、さらには遠くアフリカまで足を運んだ。ラオス、シンガポール、上海…。ケニアでは難民キャンプや孤児院を周り、現地の子供たちと触れ合った。目を丸くして踊り出す姿が印象的だった。

国際都市バンコクを拠点に世界中に「平安桜」の輪を広げるのが今の夢。安らかで変わることのない悠久のシンボル日本の「桜」を世界の人々に知ってもらいたい。そういう活動がいつか、ふる里「NIPPON」に届くことを信じて――。

タイで在留届を提出済の日本人は最新の2012年統計で約5万人。企業などの駐在員や永住者、その家族などが多くを占め、滞在する男性の多くが仕事を持って暮らしている。女性についてはビザの関係から就労が難しいと一般的に理解されているが、実は「働く」女性は決して少なくない。新企画「タイで働く女性たち」では、タイで仕事やボランティア活動などに就き、活躍する女性たちを追う。

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