「自信が持てて初めて信頼が得られる」と話す保険仲介会社勤務、小俣ひろみさん

タイで働く女性たち

「私たちはお客様である企業の代理人」

自分の中に保険の知識が入ってくればくるほど、自分自身の自信が強くなっていくのがよく分かる。自信がなければ、ないなりの説明しかできないから、お客様も簡単に見抜いてしまう。それだけに保険の仕事は面白い。ずっと続けたいと思っています」

こう話す小俣さんはタイ在住通算5年目。日系商社の子会社「SIAM COSMOS SERVICES CO.,LTD.」で「シニア・マーケティング・コンサルタント」の職にある。外回りが多い営業の仕事。

タイ人の同僚とともに、顧客先の企業に赴いて打ち合わせをしたり、損害保険会社や生命保険会社と交渉をしたり。「私たちはお客様である企業の代理人。お客様の苦労や痛みが分かるだけに、いつも何とかできないかと考えています」

2011年後半にタイ中部を襲った大洪水では、多くの顧客が被災。中には壊滅的な被害を受けたところもあった。1年以上経つというのに、まだ保険金支払いが終わっていないケースもある。「このままタイで頑張りたいというお客様の声を聞くと胸が熱くなる」

「ここ、いい!」と“移住”を決意した。

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子供のころテレビで見たクイズ番組から、海外生活に憧れるようになった。海外に行ってみたくて、住んでみたくて…。そのためには語学力が必要だと考えた。両親も英語の勉強ができるようにと、海外へホームステイ体験に行くことを許してくれた。

仕事をするようになってからはお金を貯め、友人らと海外旅行へ。アメリカ本土、カナダ、ハワイ、香港、東南アジア…。美味しい食事に親切な現地の人々。取り分け印象に残ったのが2000年に初めて訪れたタイだった。

渋滞が激しく、街中では決して空気も綺麗とは言えないのに、笑顔で暮らすタイの人々。明るくて、逞しくて、元気で、パワフルで…。そんな現地のタイ人の暮らしを見て、「ここ、いい!」と“移住”を決意した。何よりも後悔をしたくなかった。

「全て新しいことからスタートするのも良いかも…」

とはいえ、知り合いもなく、あてもない。とりあえず2週間と期限を切り、タイで就職活動をしてみることに。「もし、ダメだったら、日本に戻って、また仕事をしよう」。宿泊先のホテルを拠点に企業回りを重ねた。

ラスト4日目に内定を出してくれたのが、現在の保険仲介業の交渉先でもある日系損害保険会社。面接を受けてから1時間後のスピード内定。「これも一つの縁かなあ」と入社を決めた。

「タイという初めての土地で、全て新しいことからスタートするのも良いかもしれない」。ポジティブな思考が背中を後押ししてくれた。あの時の決断がなかったら、今の自分はない。

日本にいた時は、イタリアの婦人服を輸入販売する会社の仕入れ部門に在籍していた。ファッション業界から保険業界への転職。でも、不思議と怖さはなかった。良い意味で興奮していたのだと思う。間違ってここに来たなんていう不安感もなかった。

「やっぱり戻ってきたんだね」と迎えてくれた仲間

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ただ、2008年から10年にかけての政情不安はさすがに堪えた。スワンナプーム国際空港の管制塔が占領されたり、非常事態宣言が出されたり。不安が募り、「一度、リセットしよう」と帰国することにした。

日本では、IT関連の会社で事務職に就いた。結局10ヵ月勤めたが、タイへの想いは膨らみ続けた。恋しくて恋しくて、育ったはずの日本だったのに「逆カルチャーショック」を感じたほど。

「タイに戻ろう」。そう決めたのは自然な流れ。昔の仕事仲間も「やっぱり戻ってきたんだね」と暖かく迎えてくれた。タイの空気が懐かしかった。

連休となれば、プライベートで知り合ったタイ人の友人らと旅行をするのが楽しみ。先日訪れた隣国ラオスの首都ビエンチャンが気に入って、今度は同国最南端のパクセー郡を訪ねてみた。雄大なメコン川が滝となって轟音を立てる姿を見て、幸せを感じずにはいられなかった。

タイで在留届を提出済の日本人は最新の2012年統計で約5万人。企業などの駐在員や永住者、その家族などが多くを占め、滞在する男性の多くが仕事を持って暮らしている。女性についてはビザの関係から就労が難しいと一般的に理解されているが、実は「働く」女性は決して少なくない。新企画「タイで働く女性たち」では、タイで仕事やボランティア活動などに就き、活躍する女性たちを追う。

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