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タイ産の日本米、ルーツは? 3仮説を一挙公開

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今やタイ国内のスーパーなどで当たり前に見ることができるジャポニカ米(日本米)。水分が多いため炊くとふんわりと艶の出るのが特徴で、しばらく外国に滞在すると無性に食べたくなる経験をお持ちの方も少なくないはず。そのジャポニカ粒米、「どうしてタイに?」と感じたことはないだろうか。スーパーに積まれた米袋には、コシヒカリ、ササニシキといった日本産のブランド米の名前も。タイ産のジャポニカ米のルーツを少しだけ探ってみた――。

バンコク・スクンビット地区にある大型スーパーを覗いてみた。うず高く積まれたジャポニカ米。袋にはチェンマイ産との表示が。値段は、タイ米の安価帯のおおむね2倍から3倍といったところか。公式レートに直せば、5キロ750円~1000円ほど。一般的な日本国内のスーパーで5キロ2000円程度だから、破格の割安感は否めない。

そうなると浮かんでくるのが「本当にコシヒカリ?」との疑念。そこで買って帰り、自宅で炊いてみた。炊きあがり時に充満する米の香り、艶やかな色合いは確かに日本米。でも、何だか香りが薄い感じがする。食べてみた。やはり、淡泊すぎる。「気の抜けた薄味のコシヒカリ」という印象だった。

登録品種いわゆるブランド米などには「育成者権」という法律上の権利が与えられ、これを持つ育成者権者の許諾がなければ勝手に栽培することはできない。海外にこうした稲の種籾を持ち出す場合にも同様の考え方が採られ、権利者は権利を主張することができる。だから、建前上、許諾がなければ勝手に日本米は栽培できないことになっている。

では、なぜ、これほどまでにタイ国内にジャポニカ米が流通しているのか。市場などでいろいろと尋ねてみたが、残念なことに確定的な答えは見つからなかった。そこで本誌では、在バンコクの商社関係者の協力を得て大胆にも3つの仮説を建ててみた。

<仮説1>第2次大戦時の末裔説
第2次世界大戦当時、タイと「友好国」であった日本の旧軍部は当地にも進出。ところが戦局が厳しくなり補給路も確保しにくくなると現地自活が至上命題に。そこで始まったのが、持ち込んだ日本米の種籾による稲の栽培。この「末裔」が現在のジャポニカ米となっているというのが本仮説。灼熱のタイの気候の中で、次第に種籾が変質し、現在のような淡泊低香味という「新品種」になったという説明も一応はうなずける。

<仮説2>旧食管法の抜け道説
米の輸出入を制限した旧食管法(現食糧法)。政府以外の手による米の輸出入が難しかった時期に、商社や外食産業などが主導となって種籾をタイに持ち込み現地委託生産したのが起源とする説。タイで栽培・収穫された日本米でも、現地で菓子やピラフなどの加工品とすれば旧食管法の適用から除外されるという点に商社関係者らが着目、それが広まったという仮説である。

<仮説3>1993年の米不足端緒説
この年は記録的な日照不足から日本国内の米の生産が激減。折からの減反政策も重なり、日本政府は世界各国に支援を要請した。タイからも多くのタイ米が輸入されたが、その際、一部の日本商社が温暖で稲の生育が早いタイに日本米の種籾を持ち込み、将来の米不足に備えて生産委託をしたものが広がったとする仮説。

なるほど、いずれも一見して説得力に富むようにも見えるが…。アナタは、どの仮説を支持する――?

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