アングル
角度を変えてタイからアジアを覗く

新南ラオス紀行【第2回】-国境検問所を越えて-

東北地方最東部ウボン・ラチャタニ県の玄関口、ウボン国際空港。「国際」とはあるが、国際便の発着はなく、わずかな定期便があるだけの静かな田舎の地方空港。洪水被害から回復したばかりのドン・ムアン空港(バンコク・ドンムアン区)を発ち、LLC(格安航空会社)のノック・エア機で当地に降り立ったのは今年3月9日早朝のこと。構内に人影はまばらで、わずかに2、3の土産物店が店を開けているだけだった。

ここから事前に予約を入れておいたワゴン車に乗り換え、一路国境へ。途中、名物の東北(イサン)料理店で軽く腹ごしらえをした後は、早起きが影響したのか、早めの昼寝となった。

二時間以上は揺れただろうか。前方に姿を現した国境検問所。ショーング・メックの街だ。

警備兵が厳重な警戒をしているなどと勝手な空想をしていた自分が恥ずかしくなった。驚くほどにゆったりとした国境の街。乗用車にワゴン車、トラックに、さらにはバイクや自転車までもが、ほとんど何することもないといった様子で手続きが終わるのをただ眺めていた。時を刻まない検問所――そんな印象を受けた。

今でこそ政体は異なるが(ラオスは社会主義国家)、もともとは兄弟とされたタイとラオス。両国の言語は方言関係にあり、多少の文字の変化はあっても言葉が通じないということはない。通貨もラオスのキープのほか、タイのバーツがそのまま使用可能。もっと驚くのは、その入管手続き。タイからラオスに入国する際、タイ人であれば通常は必要なパスポートは不要。IDカードさえあれば、隣家のように簡単に出入国することができる。

わずかな回廊を経て踏み入れた南ラオスの地でまず見たものは、カラフルに染め上げられた民族衣装の土産物だった。ここでは産業らしい産業は皆無。農業やメコン川の漁業のほかは、わずかな観光業とこうした国境の街での露天売りが主な現金収入源となっている。だが、人々に屈託はない。「サバイ・ディー(こんにちは)」。抑揚に富んだ明るい掛け声がひっきりなしに聞かれた。

間もなくして通関を済ませたチャーターのワゴン車が姿を現した。早速、乗り込むと、一路、宿泊地へ。ところが何かが違う。「あっ」と気づいた時、右車線を走るワゴン車は既にかなりのスピードに達していた。フランスの植民地だったラオスでは交通区分は旧宗主国と同じ右側通行。一方、独立を維持し続けたタイでは左側通行。だが、右ハンドルを握る運転手はさも慣れた様子で、「マイ・ペン・ライ」とサングラスの奥で静かな笑みを浮かべるだけだった。

車はメコン川に架かるLao-Japan Bridgeを通過していく。日本の円借款で建造された生活道路。渡りきった先がラオス第2の都市パクセーだった。かつて栄華を誇ったチャンパーサック王国の首都。1946年まで200年余り繁栄を誇ったが、今ではラオス人民民主共和国の一県となっている。人口は60万人弱。農業と漁業が中心の、牛や山羊が飼い放たれた典型的な田舎の町だ。

この日の宿泊宿は、かつて当地を支配していたチャンパーサック家が王宮として使用した「Champassak・Place・Hotel」。その瀟洒な造りに歴史と文化の重みを感じた。当日は、中国からの団体客が宿泊していた。

ここを拠点に、いよいよ南ラオスをめぐる旅が始まる――。

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